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金沢地方裁判所 昭和37年(わ)50号 判決

被告人 山岸与四郎 外五名

主文

被告人六名をそれぞれ罰金二、五〇〇円に処する。

被告人等においてその罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人牧選一、同河尻量正(但し第一一回公判期日の分)、同二本杉民子、同村田元雄、同織田広、同島谷誉富、同松下太衛、同西尾知善、同高尾幾美子、同米村敏子、同高桑時男、同本田貢、同高村文吉、同荒川正、同浅野義栄、同土田和美、同大道秀治、同安田与一、同山内仁七に支給した分は被告人六名の連帯負担とし、証人四十万谷登清に支給した分は被告人山岸与四郎の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも株式会社金沢タクシー(当時金沢市南町七四番地所在、以下金沢タクシーと略称する。)の従業員であつて、被告人山岸与四郎は同会社労働組合の執行委員長、同宮本末蔵は同組合副執行委員長、同前義男、同宮丸寛は同組合執行委員、同吉倉実、同宮前茂雄は同組合職場委員であつたところ、昭和三七年一月一九日同組合より七名の組合員が脱退して新たに金沢タクシー新労働組合を結成したため、同組合においては右脱退組合員のうち二名を除名し、同会社との間に締結されていた労働協約に基ずき、同月二三日頃より右両名の解雇を要求して、会社当局と団体交渉を重ねたが、会社側が容易にこれに応ずる態度を示さなかつたので、同月三〇日頃早期に事態の解決を図る手段として、今後数日間に亘り、同会社本社二階事務室等に多数のビラを反復貼付し、会社側でこれをはがしてもすぐそのあとにまたビラを貼るようにし、経営者を困惑させることにより、その譲歩を求めようと企て、

第一被告人山岸、同宮本、同前、同宮丸、同吉倉、同宮前はその他の金沢タクシー労働組合員二〇数名と共謀のうえ、

(一)  同月三一日午後五時頃、前記金沢タクシー本社において、四ツ切大の新聞紙等に「協約を守れ」「村田課長すみやかに出て行け」等と記載したビラ約五〇枚を、二階事務室に至る階段の壁、同事務室の壁、社長室の扉及び同室内部の壁等に糊を用いて貼りつけ、

(二)  前記ビラの大部分を会社当局がはがしたあとに、同年二月一日午前一〇時頃、前記と同じ場所で、前同様四ツ切大の新聞紙等に種々の文言を記載したビラ約三〇枚を、二階事務室に至る階段の壁、同事務室の壁及び社長室の扉の外側等に糊を用いて貼りつけ、

(三)  前記ビラの大部分を会社当局がはがしたあとに、同月二日午後四時三〇分頃、前記と同じ場所で、前同様四ツ切大の新聞紙等に種々の文言を記載したビラ約三〇枚を、二階事務室に至る階段の壁、同事務室の壁及び社長室の扉の外側等に糊を用いて貼りつけ、

(四)  前記ビラの一部分を会社当局がはがしたのみで、相当のビラが残存しているところに、さらに重複して、同月三日午後四時頃前記と同じ場所で、前同様四ツ切大の新聞紙等に種々の文言を記載したビラ約五〇枚を、二階事務室に至る階段の壁、同事務室の壁、社長室の扉及び同室の内部の壁等に糊を用いて貼りつけ、

もつて、みだりに他人の家屋にはり札をし、

第二被告人宮丸、同吉倉、同宮前は、同年一月三一日、判示第一(一)の行為をなすに当り、被告人山岸、同宮本、同前、同宮丸、同吉倉同宮前は、同年二月三日判示第一(四)の行為をなすに当り、いずれも外数名の組合員と共謀の上、はり札の目的をもつて、前記金沢タクシー本社二階社長室出入口より同室内に立入り、もつて故なく人の看守する建造物に侵入したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人等の判示第一(一)(二)(三)(四)の各所為は包括して刑法六〇条、軽犯罪法一条三三号に、判示第二の各所為はいづれもそれぞれ刑法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右の各建造物侵入と軽犯罪法違反との間には、それぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により最も重い判示第二の昭和三七年二月三日の建造物侵入罪の刑による一罪としてそれぞれ処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人等をいずれも罰金二、五〇〇円に処すべく、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用のうち証人牧選一、同河尻量正(但一第一一回公判期日の分)、同二本杉民子、同村田元雄、同織田広、同島谷誉富、同松下太衛、同西尾知善、同高尾幾美子、同米村敏子、同高桑時男、同本田貢、同高村文吉、同荒川正、同浅野義栄同土田和美、同大道秀治、同安田与一、同山内仁七に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人六名をして連帯してその負担をなさしめ、証人四十万谷登清に支給した分は、同法一八一条一項本文により被告人山岸をしてその負担をなさしめることとする。

(弁護人等の主張に対する判断)

弁護人等は「ビラ貼りは、労働者及び労働組合にとつて最も重要な情宣活動の一つであり、かつ、基本的な争議戦術の一つであつて、本件ビラ貼り行為も(従つて又、本件建造物への立入行為も)判示冒頭記載の如き事態の解決を図るための正当な争議行為として行なわれたものであるから、労働組合法一条二項本文、刑法三五条により、その違法性が阻却される」と主張し、また前記各証拠によると、本件各所為が争議行為の一環として行なわれたことはまことに所論のとおりであるが、しかしながら、本件ビラ貼り行為は、ビラの紙質、その大きさ、貼られた枚数、貼られた個所等からすれば、労働組合の情宣活動ないしは争議戦術として通常許容される限度をはるかに逸脱したものであると認めざるを得ないのみならず、また、証拠を精査すれば、金沢タクシーにおいては、この程度の行為を認容した前例もなかつたことを看取し得るので、前記ビラ貼り行為(従つて又本件建造物への立入行為も)は、これをもつて正当な争議行為となすを得ず、従つて、その違法性は阻却されるものでないと考えられるから、弁護人等の右の主張はこれを採用することができない。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実は、判示第一のビラの貼付行為を目して、「建造物に対する損壊」であるとし、また、これと同時に行われた書棚、窓ガラス、引戸、衝立等に対する同様の行為を目して、多衆の威力を示し、かつ、数人の共同に係る「器物に対する損壊」であるとし、前者を刑法二六〇条違反の罪に、後者を暴力行為等処罰に関する法律一条一項(昭和三九年法律一一四号による改正前のものをいう。以下同じ。)違反の罪にそれぞれ問擬しているので、その当否を審案するに、刑法二六〇条、二六一条等にいわゆる「損壊」とは、通説によれば、およそ物の効用を害する一切の行為を指称すると解せられているのであるが、他方、建造物や器物は、それぞれの用法に従つた実用的な効用の外に、程度の差こそあれ、その形状や色彩に基くその外観(これを美観と呼んでも差支えないと思われる。)によつて、人の生活感情を満すべき効用をも、必ずしも併せ有していない訳でなく、従つて、貼り紙等によつて、建造物や器物の外観を幾分なりともそこなう場合には、該所為によつて、多かれ少かれ、その物の生活感情的な効用が侵害されることにもなる訳であつて、「損壊」と言う言葉の意味を「効用に対する侵害」と解する限り、このような行為についても、一見、刑法所定の損壊罪が成立しそうに思われるのであるが、しかしながら、さらに一歩を進めて、軽犯罪法一条三三号の規定との対比において、刑法二六〇条、二六一条の法意を考えるときは、建造物であると器物であるとを問わず、物の性質上、その実用的意義における用途、目的のほか、その外観において特殊の文化的価値を有するものであるときは格別さもない限り、換言すれば、建造物や器物が実用的効用を主とするものであつて、その外観(美観)には、さほど重きを置かないものである限り、しかも、これに対する貼り紙等の行為による汚損の程度が軽微かつ一時的であつて、原状に近い状態に回復することが、さほど困難でない場合には、該所為について別罪が成立するのはやむを得ないとしても、少くとも刑法上の損壊罪には該当しないと解するのが妥当である。何故なれば、若し此の程度の行為もまた刑法二六〇条等に該当すると解するにおいては、軽犯罪法一条三三号の法意は全く没却されるに至ると考えられるからである。ところでこれを本件について見るに、前掲の各証拠を綜合して考察すれば、本件金沢タクシー本社事務所の建造物は、昭和二二、三年頃荒削りの柱を使用して建てられたいわゆるバラツク建に近い質素な木造の家屋であつて、当初は居住用として建築されたものを、その後改造して、階下を車庫に、二階を事務室及び社長室に充てたものに係り、本件当時には既に建築後一〇数年を経過していたものであつたこと、その間、二階事務室、社長室等の白壁は、冬季の煖房の煤煙等により相当汚染し、また昭和三一年頃には本件建物より出火したり、その後にも近火があつたりしたため、諸所に修理を要する個所を生じたが、いずれの場合にも応急手当をしたのみで、根本的な修理は行なわれなかつたこと、昭和三九年三月金沢タクシーは金沢市泉本町に社屋を新築して移転し、本件建造物は取り壊されるに至つたが、本件発生当時、すでに新社屋の敷地の物色中であつたこと、本件建造物は、社長室、事務室、通路、階段等のいずれの部分を取り上げて見ても、タクシー会社の執務の場所としての実用的な用途を主眼として管理、使用され、その外観等については、殆ど考慮を払われていなかつたこと等の諸事実を肯認し得べく、以上を綜合して判断するときは、本件建物は、実用的な用途のほかに、その外観の点において、重要な用途を有していたものとは、到底認めるを得ない。また、本件公訴事実中に言うところの窓ガラス、入口引戸、書棚、衝立等の器物についても、それらの物がその実用的な用途以外に、その外観に特殊な文化的価値を有していたと認めるに足る証拠は全く存在しない。次に、本件建造物に対する前記のビラ貼り行為による汚損の程度を検討するに、証拠によれば、用いられたビラは半頁大の古新聞紙、またはこれとほぼ同型の包装紙等に墨書したものであり、このようなものを貼り付けることによつて、事務室、社長室、通路の外観を害し、しかも白壁等には、これを剥取つた後も、若干のしみが残る程度の汚染を与えたことは否定し得ないけれども、前記のような建造物の状況、及びビラ除去後に残つた汚染の程度が比較的軽微であつたこと等を考えあわせるときは、本件ビラ貼り行為は、金沢タクシー本社事務所の建造物を有形的に毀損したと認め得ないのは勿論のこと、その外観的効用を侵害したと解することも困難であると言わねばならぬ。以上論じた諸点は、本件器物に対するビラ貼りについても同様である。

そうだとすれば、本件公訴事実中、建造物損壊及び暴力行為等処罰に関する法律一条一項違反の訴因については、結局犯罪の証明がなく刑事訴訟法三三六条後段により無罪の言渡をなすべきであるが、右訴因中建造物損壊の点は、判示軽犯罪法一条三三号違反の罪とその法的評価を異にするに過ぎない同一の事実であり、暴力行為等処罰に関する法律違反の点は、前記の建造物損壊と観念的競合の関係に立つ行為として起訴されたものに係るので、以上の点につきとくに主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 沢田哲夫 河合長志 白川好晴)

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